今日は「決定権を子供に譲った」についてです。
親って子どもが自律していくのを望みながら、
一方では自分の思い通りになってほしい、
自分でできなかった夢や自分の願望に子どもが向かうように、
子供を誘導することってありますよね。
子供によっては、言われるままに疑問を持たずにそちらの方向に進む子もいます。
親が威圧的である場合はなおさら。
そして親の誘導がその子にとって当たり前になった時、
子どもは「自分で決めること」を放棄します。
というか、決定する、考えるという行為は自分がすべきものではないと認識します。
実は私の幼少期がそうでした😞
このことは、親が意識していない場合も多いです。
子どものためを思って、誘導しているという勘違い。
子どもの自律を一番阻害しているのは親のコントロールなんだ、
ということに気づいていません。
私は自分が親からの強いコントロールを受けて育ったので、
自分の子供には絶対にそうしたくないと、
産む前から決めていました。
ですが、産後に、私が脳梗塞の病気をしたことで、
何だか頭がクリアに動かなくなって😄いました。
そんな時にピアノという習い事で、私が娘をコントロールしたエピソードです。
娘が3-4歳の頃、私自身が自分の幼い頃、
ピアノを習った✖️(習わされた)という記憶を娘に投影して、
習わせようと思い立ちました。
生活の中では、これ食べる?とかこれで遊ぶ?とか何でも確認していたに関わらず、
ピアノについてはなぜか、だましだまし連れて行きました。
最初に、娘にピアノを習いたいかどうか聞かずに連れて行って、
習うことにしたのです。
きっと私の中に、これは絶対習っておいた方が良い!
という強い思い込みがあったと思います。
数回通いましたが、娘は全く練習せず、
母親の方がじょうずなのも気に入らないようでした。
そして、ついに
「ピアノは嫌いだ!、先生も好きじゃない😠」、と叫びました。
この時、私は自分の想いを😅親にはっきりと伝えられる子どもに
なぜか感動しました。
私の幼少期には絶対できなかったことです。
それならそこまで嫌なお稽古はやらせても意味がないと、
きっぱりとやめることにしました。
子どもの意見、感情を尊重しました。
以来、私は必ず娘の意見を聞いてから
行動に移すようになりました。
その結果、娘には自分が親から受け入れられているという
自己受容感が育ち、
大事な場面で自分で決定するという
自己決定感も身につきました。
私の親は、私が娘に何でも聞いてから決めている様子を見て、
「あなた、なんでそんな年端もいかない子にいちいち意見を聞いてどうすんのよ」
と諭された記憶があります。
ですが、このことはうちの娘にとっては、
とても自信につながったようです。(後日談)
子どものタイプにもよるとは思いますが、
子どもは任せられたり、責任を持たされたりすると、
幼くたって、自信を持つようになるんです。
赤ちゃんとか小さい子、という扱いではなく、
1人の人間として扱うことで、
自分が家族の中でも
親と同列に意見を言えるんだという意識が、芽生えました。
結果、自分で考え、行動し、決められるという
自律脳を育てることにも
繋がっていきました。
子どものタイプはいろいろです。
だからこそ、子どもの行動を記録したり、声かけを工夫しながら、
その子のベストな子育て方法を見つけていくことは、
自律脳を育てるために
幼少期に是非やっておきたいことですね。
ではでは